「骨董品。」

午前中にHostelをCheck Outすると、荷物を担いで数ブロック歩き、別のHotelへとCheck In。San Telmoの中心にある安Hotelで天井の高い部屋が気持ちいい。

午前中にHostelをCheck Outすると、荷物を担いで数ブロック歩き、別のHotelへとCheck In。San Telmoの中心にある安Hotelで天井の高い部屋が気持ちいい。

朝、宿のロビーで朝食を済ませると、その後はしばらくゴロゴロと部屋のベッドで寝転んでいたのだが…。昼を過ぎてしばらくすると、どうにも腹が減ってしょうがなくなってきた。

お洒落なPalermo(パレルモ)で“X’mas Shopping”。
通りを行き交う人々のようにたくさんのプレゼント袋をぶら下げるような事はできないけれど、それでも一応、それぞれにちょっとしたプレゼントを購入したり。

Christmas Eveだから、今日は何か特別なことを…なんていう事もなく、いつものように宿で朝食を食べ終えるると昼前から町へ散歩に出掛けた。

1足早い、サンタさんからのクリスマスプレゼントだろうか…。昨日この街に到着した2人は、思いがけない「Big Game」を観戦する機会に恵まれることとなった…。

Rioで予約をしてあったHostelに無事チェックインを済ませ、ドミトリーのベッドの脇に重たい荷物をドカリと降ろす。
Buenos Airesにバスが到着したのは正午も近くなった頃だったが、良く晴れた青空が広がっているにもかかわらず、バスの外の空気は意外なほどにひんやりとしていた。
徐々に赤道から遠ざかっていることが、その理由であるのだろうか…。とにかく1日前に倒れそうなくらいの暑さ(熱さ)を感じたイグアスのそれとは随分と大きな違いだ。
宿に落ち着いた2人が真っ先に考える事と言えば、たいていの場合は“メシ”のことである。移動の後は、腹が減る。自分が動いているわけじゃないのに…考えてみると不思議なものだ。シャワーを浴びて身体に着いた汗やら埃やらを洗い流してしまうと、さっそく快晴のBuenos Airesの街へと繰り出した。
すると、歩き始めてまもなく、宿と同じ通りの“数軒隣り”くらいなところに、雰囲気の良い食堂を発見した。いや、まだ先にはいろんな店があるかもしれないし…そう思う心も片方にはあったけれど、この店はもう、見るからに“気になる”佇まいなのである。
客がほとんど“地元民風の爺さんたち”であるのも、味に期待を抱かせる。しかも、そんなたぐいの“常連客”たちの入りがかなり良さそうなのだ。

国境を越えると、そこには見覚えのあるイグアスの町の風景が広がっている。
日曜日だからだろうか、小さな町はどの通りも閑散としていて、開いている店も数えるほどしかない。たまにすれ違うのも2人と同じような“観光客風”か、それを狙って徘徊する怪しげな露天商たちだけ…。

前にも通り抜けた国境を、今度は逆のサイドから通り抜ける。
イグアスの空は抜けるような青色をしていて、雲もほとんど無いくらい。そして、Rioでは結局感じる事の無かった“夏の空気”が、ここに来てようやく戻ってきていた。

明日はいよいよ、アルゼンチンへの移動の日。
そんなギリギリの最終日になって、今回の滞在で初めて、Rioの青空と真夏の太陽が雲間から少しだけ2人にそのキレイな顔を見せてくれた。

マラカナ・スタジアムに行く途中で、こんな素敵な路上マーケットを見つけた。
たいして大きな市ではなかったけど、店の造りや色合いが可愛くて、そのせいで売っているフルーツや野菜たちも何だかいつもより可愛らしくみえていたみたい。

昨日、こちらの宿に移ってきた時、3日前同じこの宿の受付で出会ったオーストリア人女性“EVA”と再会。色々と話をしている内に、3人とも行きたいと思っているOscar Niemeyerの建築による美術館「Museo de Arte Contemporanea」へ一緒に行こうということになった。

Rio3日目。今日も外には曇り空と、時折落ちてくる冷たい雨粒が…。
そんな残念な天気の中で、2人は今日から宿を変更した。行き先は、先日親切に寝床を手配してくれたCopacabana中心部にあるHostel「Che Lagarto」だ。

Bedから這い出して宿の外の空を見上げると、昨日と同じ分厚い雲が…。
今日もRioは肌寒く、太陽の予感は感じさせてくれない。憂鬱な天気である。

Brasiliaでの1日観光を終えた後、夜行のバスに乗り込んで、さらに移動してRio de Janeiro(リオデジャネイロ)へ。

寝かした長方形の胴体の上に、逆向きになった台形と半円形が置かれている。
傍には空に向かって垂直に立てられた別の“長方形”が2つ並び、それが全体の形のバランスをうまく取っている様にも見える。

バスは、予定通りのAM8:00にBrasiliaへと到着した。
だけどターミナルのデジタル表示の時計を見ると、既に時刻はAM9:00を廻っている!?
自分たちの時計が途中で遅れてしまったのかと思ったけれど、どうやら実際は“時差”の影響であるようだ。サルバドールとブラジリアで、時差なんてあったんだっけ…。

Salvadorから、Brasiliaへ。
足の裏の痛みを懸念していたのだが、当日の朝にはどうにか歩けるまでに回復。
予定を変更することなく、2人はバスターミナルへと向かった。

ドラムの音が、なんてことない昼間の街角から響き始める。
しっかりとサンバコスチュームを身にまとった大人たちの演奏な場合もあるし、こんな子供たちが、それでもかなりしっかりとした演奏を聴かせてくれたりする場合もある。

4日目。
AM7:30に起きて、宿のダイニングで朝食を食べる。
メニューはいつも変わることなく、固めのパンと目玉焼きに、フルーツはバナナ&パパイヤ。それにグァバジュースとコーヒーがついて、かなりボリューム感がある。

午後、治療した足の裏を庇いながら、妙な歩き方のままで雨上がりの町を散歩に出掛けた。
それでもやっぱり足が痛いし、筋肉痛もひどくなりつつあったから、少し歩いてはベンチや階段を見つけて“ひと休み”の連続になってしまう。

空模様のハッキリとしない午前中を利用して、「Capoeira(カポエラ)」のレッスンへ。
場所は旧市街の中心部にあるカポエラ道場で、ほぼ毎日「1回1時間」の“授業”が開催されており、参加費の15レアル(≒\600)を支払えば誰でもすぐに参加する事が出来る。

Salvador3日目の今日も、天気はあまりはっきりしない。
本当は周辺のIsland Tour(ボート)に参加するつもりだったのだが、午前中の煮え切らない空の様子を見て、結局それもやめてしまった。

朝、AM8:00前にバスはSalvador(サルバドール)のターミナルに到着した。
ターミナルの中にあるマクドナルドの“朝マック”で朝食を済ませ、次に行くブラジリアへのバスチケットを購入してから路線バスで旧市街へ移動。
一応目当ての宿があったのだけれど、バスを降りた途端に声を掛けてきた客引きおじさんの宿を見に行き、結局そのままそこに泊まる事に決めてしまった。

NatalからSalvadorへ、約24時間の長距離バス移動。
移動時間が長いのも辛いが、バスの料金が高いっていうのも2人にとってはとても辛い。

“Carnatal”2日目。開演時間を過ぎたPM7:00前に会場へと到着したのだが、昨日にも増して参加者の人数が増えている事がひと眼で分かる。
昨日が木曜日で、今日が金曜の夜であるという事は大いに関係しているだろう。早い時間からすでに、“出来上がってしまっている人”もかなり多いようだ。

PM6:30の開演時間ギリギリに会場となるスタジアム前広場に到着したのだが、人出はあるもののまだそれらしき“音楽”は聴こえてこない。
宿の兄ちゃんが「ブラジル人は時間にルーズだから、時間通りに会場に行けば楽にいい場所が確保できるよ。」と言っていたのは、どうやら本当のことだったらしい。

午前中、昨日よりも少し離れた岩場まで歩いて、その周辺の静かな海で遊んできた。
いつものリゾートビーチ地帯を横目に見ながら南へと歩き続け、20分も行くと途端に人が少なくなってくる。そして、白い砂浜の合間・合間に小さな岩場が現れるのだ。

朝一番でPolicia Federalでの用事をさっさと片付け、再びショッピングモールで涼んだ後に、午後一番で“リゾートの気配”が充満した炎天下のビーチへと向かった。

このNatalでの“Carnatal”参加を決めた段階で、VISAの滞在日数が足りなくなる事が同時に決定していたので、今日はブラジルのVISA監査機関である“Pilicia Federal”に延長手続きをしに向かったのだが…。

Natal(ナタル)は、ヨーロッパの観光客などを集めるブラジル有数のビーチリゾート。
年間300日以上は「晴れ」の日であることから、ブラジルの“Sun City”というステータスを持つ。白砂のビーチの上、パラソルの下で横になりながらビールを飲む白人たちの姿自体が、この場所の“リゾート感”を演出している様だ。

30時間を1本のバスの中で過ごす移動というのは、やっぱりあまり経験したくない部類の旅路である。じっと座り続けていた身体のあちこちが凝り固まって、どうにも痛い…。

海に行った。
San Luisのビーチサイドはかなりキレイにリゾート開発されていて、砂浜には沢山の“海の家”というか、おしゃれなレストランやバーが並んでいる。

昨日の夜の、夢のような町の喧噪の気配から醒め、日が差し込んできた窓の外にのっそりと顔を出してみると、そこには星空の下とは全く違った“落ち付いた街”の姿が…。

宿のおばちゃんの好意で夕方まで部屋を使わせてもらえることになったので、今日も日記を書いたり本を読んだりしながら小さな期待を持って“便り”を待ち続ける…。

昨日の夜、Tourから帰って来る2人を待ち構えていた旅行代理店の担当「ラファエロ」(多分20代前半くらい。調子のいい若者って感じ。)から、明日以降の予定について更なる企画の提案があった。

みんな、呆けたように夕陽の落ちる方向を見つめている。
そんな人々の顔さえも風景と一緒に真っ赤に染めあげながら、少しづつ、少しづつ、真っ赤で大きな、まん丸い夕日が砂丘の稜線に近づいてきた。

白い砂で出来た砂丘と透明な雨水が創り出す風景。
夕方のそれは特にキレイだったから、そのいくつかをここに載せておきたいと思う。

その水は、蒼いというよりも“緑がかった透明”な色に見える。
白砂で出来た砂丘の地面が、ここの水をそういう色合いに見せているのだろうか。

昼過ぎにバスがようやく到着したのは、いつものような長距離バス用の“バスターミナル”ではなく、何でもないような町角の未舗装道路の上であった。

船の桟橋から外に出ると、客引きにきたTAXIと値段交渉をしてそのままバスターミナルに移動。今夜の“Sao Luis行き”のチケットを購入して荷物を預け、昼飯を食べるためにBelem(ベレン)の中心地へと向かった。

珈琲色したアマゾンの流れの中に、たまに見え隠れする大きなピンク色の“尾びれ”。
あれは、もしかしたらイルカのそれなのではないだろうか…。

2日目。Manausを出発してから考えれば、アマゾン川における快適ハンモック生活も既に“4日目”という事になるだろうか。
ここまで来ると徐々に船上での1日の生活にリズムが生まれてきて、「退屈する」時間というのが逆になくなってきたように思う。

今日から再び、船上の人となった。
出発は午後の1時過ぎ。それでも前回と同じように、午前中10時過ぎにはボートに乗り込んでハンモックを吊るす場所取りをしたのだが、なぜか今度の船にはこの前のように大勢の客が乗り込んでくる様子がない。

うす曇りの天気のせいで昨日程の“心地よさ”は得られなかったものの、今日のAlter do chaoも2人にとっては十分に「癒し系」であった。
暖かい浜辺で、1本のビールを2人で分け合いながら飲むときの幸せな気持ち…。

午前中、Santarem(サンタレン)の町を川沿いに歩きながら、昨日の朝ボートで到着した桟橋を目指す。明日の再出発に備えて、事前に乗船券を手配しておくためである。

ビーチ入口のレストランバーでいきなりの「ビール!」を注文し、浅瀬の続く水の中に据えられたテーブルと椅子に腰かけてそいつを飲みながらの優雅な“川”水浴。
こんなに心と身体を芯からほぐすことができたのは、一体いつ以来の事だろうか…。

白砂の広がる、穏やかなビーチサイドの風景。
何も知らずにこれだけ見たら、ここが“リバーサイド”であるとはとても思えない。

Amazon2日目。
早朝に東サイドから射し込んできた太陽の光で目を覚まして、まずは船の周りに広がる景色をぐるりとチェックしてみたのだが、どうやら昨日までのそれとあまり変わってはいないようだ。

AM8:00過ぎにバスはマナウスのターミナルに到着した。
前回来た時から1週間も経っていないのだが、何だかそうとは思えないほど色々あった「ベネズエラの日々」であった。そんな充実の数日間を楽しみ、そして乗り越えて、予定通りの日程で戻ってくることができたブラジル・マナウス。

今朝のセスナも何だか不安混じりの手配であったが、それでも無事に充実のCanaimaからSanta Elenaへむけて飛び立つことが出来た。

最初の滝から湖畔に沿って湖を4分の1周程移動し、そこからは湖を離れて草原の中を次の目的地へと歩き続ける。
そして、20分ほども太陽に照らされながら乾いた大地を進んでいくと、そこにまた新たな滝が姿を見せるのである。

昨日の朝、最初にこの湖を見た時と比べても、今の水際ラインは数メートルも陸側にせり出してきているのが分かる。
そんな増水の影響は目の前を落ちる滝の流量にも影響していて、その勢いがまるで違ってしまっているのには2人とも驚かされた。

キャンプ地はその前と後ろを流れのはやい川に挟まれており、昨日到着した前方の川ではなく、後ろの川の方に帰りのボートが着けられていた。
川の水は、堆積した木や葉っぱの造り出す沈殿物(タニン)が溶けこんで、まるで紅茶のような透き通った茶色をしている。

鳴り響く轟音と舞い上がる飛沫の量で表現されている以上に、その巨大さと醸し出している神秘の気配は、まさに“圧倒的”である。
あれほど巨大な「イグアスの滝」を見てきたあとでも、その迫力は全く色あせる事はない。
979mという1km近い“世界一”の落差をもち、「ANGEL」という名をつけられたその滝を目の前にして、登って来た2kmほどの山道での疲れも一気に吹き飛んでしまった。

目の前の湖に横づけされたボートに乗り込むと、歩きだと20分程かかるはずの向こう岸までの距離を5分もかからずに渡りきってしまう。
時間が大幅にずれているため、ショートカットをしたということらしい。

セスナが小さな単線滑走路に降り立つと、そこには宿からのお迎えジープがきている。2人を含めたTour客一行を待ち構えていたようだ。
シートというより「荷台」と言った方がよいような、その車の後部空間に荷物を背負ったままで乗り込み、一行はそのまま湖畔の林の中へと向かった。

昨日の“言い争い”での最終的な妥協策案によれば、今日のフライト時刻はAM7:30。
そのフライトに間に合わせるため、AM7:00前には車で迎えに来るといっていたのだが、結局のところ車が2人をピックアップしたのはAM7:30を回ったあとであった…。

あいつだけは、絶対に許せない!??
そんな、それまでウキウキしていた気持ちがいきなりササクレ立つような事件が、早朝のCiudad Bolivarの空港にて起こってしまうこととなった。

荒涼とした大地の真ん中を、セミカマ(リクライニングシートの夜行バス)の座席に座って走り続ける2人の今日の目的地は、“Santa Erena de Uairen (Venezuela)”。
ブラジル~ベネズエラ国境を越えてすぐのこの町は、周囲に広がる広大なギアナ高地、特に、小説「ロストワールド」のモデルとなった巨大テーブルマウンテン「ロライマ山」へのトレック基地となる場所である。

昨日の夜、予定時刻を少し過ぎたPM11:20頃に2人を乗せたGOLという航空会社の機体はManaus(マナウス)の空港に到着した。
空港のインフォメーションで長距離バスについての情報を聞くと、“今日この後すぐに更なる長距離バス移動”というのはやはり難しいようである。

昨日から日本語の通じる旅行代理店に入り浸り、安く早くマナウス(アマゾン河流域の起点となる町)に行くための道を探っていたのだが…。
結局のところ、やはり飛行機を使うのが一番早くて現実的なようだ。
ここでこれから先の旅のルートを確認しておくと、ざっとこんな感じで考えてる…。

疲れからか、あまり動きまわる元気はなかったのだけれど、それでも“新しい町を観光しないと”という強迫感から、一応Sao Paulo(サンパウロ)の街の中心部付近を歩いてきた。

夕方、滝から路線バスのターミナルに戻ってみると、昼間と同じおばちゃんがきちんと店番を続けていて、2人の荷物も変わらず“レジ裏”という預け場所(!?)に置かれていた。
そんな荷物たちを受け取り、「グラシア…いや、オブリガード!!」と、馴れないポルトガル語でお礼をいいつつ別のバスに乗り込んで更に長距離バスターミナルへ移動。

国境を越えたあと、バスはFoz do Iguacuの町へと入っていく。
2人は路線バスターミナルの前で降ろしてもらい、大きな荷物を預けておいてからブラジルサイドの「イグアスの滝」へ向かおうとしていた。

アルゼンチン側イグアスでの最後の朝食をたいらげ、AM10:00にHostelをCheck Outすると、前の道路でバスを拾ってとりあえず町のバスターミナルへ。
そういえばここまでほとんど触れなかったけれど、今回泊った“Hostel Inn”という名のYouth Hostelはかなり立派な造りであった。

下側の通路を歩きながら見る滝の姿は、やはり上側の通路のそれとはまた違った魅力を見せてくれている。
滝壺に近づいて行っている分、風に乗ってきた水しぶきが徐々に身体に感じられるようになっているのも、違った気分を感じさせてくれている要因であるのかもしれない。

先ほどの列車に乗り直して少し手前のPointまで戻り、そこからさらに別のトレッキングルートを通りぬけて、滝を眺めるための新たなView Pointを目指す2人。
道はさっきと同じで人工的に整備された歩きやすい通路になっており、お年寄りのTour観光客の方々にとっても身体に優しい造りである。

VISAの貼り付けられたパスポートを受け取った後、バスターミナルから片道5ペソのバスに揺られて、遂にあの“イグアスの滝”があるNational Parkへとやってきた。

バスターミナルから路線バスで5分程行ったところにあるYouth Hostelに荷物を降ろし、午後からPuerto Iguazuの町へ出掛けた。

朝、AM7:00にバスがTucumanのターミナルに到着した…と思ったら、この移動の間に時差が生じていたらしくって、本当は既にAM8:00を廻ってしまっている。
乗継のバスが12時過ぎに出発する予定だから、フリータイムは約4時間と言う事になるわけだ。時間の割に高いとはいえ、ここは荷物をロッカーに預けてしまわないことには、町を観光したくても思うように動きまわる事ができない…。

アルゼンチン・ブラジルではYouth Hostelが各地にたくさんあるようで、そんなHostelを利用する事も出てきそうだなという事になり、昨日早速「Hosteling International Card」を作りにこの町のHostelへと行ってきた。

この町にやってきた当初の理由は、
「Tilcaraで出させてもらえなかった日本への国際郵便を出すため。」という、
実はいたって日常的な必要に駆られてであったのだけれど、来てみるとここでも素晴らしい宿に巡り合い、さらには品ぞろえ豊富なスーパー「カルフール」なども近所にあったりするものだから、おのずとリラックスムードが高まってきてしまった。

Tilcara(ティルカラ)の小さなバスステーションから出発して、San Salvador de Jujuy(フフイ)まではたったの1時間ちょっとくらい。
所要時間など全く調べていなかったのだけど、まさかこんなにもすぐに目的地へと到着するとは、思ってもいませんでした…。

ゆっくりとした眠りから覚めると、お昼近くになってから町の中央にある広場へ。
この時間に店開きをする“ピザとケーキを売る露店”にいって、それぞれ1.5ペソのあつあつピザとイチゴジャムのタルトを1つづつ食べると、それだけでもう、幸せな朝食のひと時になってしまう。

正直、ここで紹介する下手な写真では、この場所で見る事が出来る本当の山々の色合いを表現できてはいないと思う…。