24 November, 08

「Few Hours in BELEM。」

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船の桟橋から外に出ると、客引きにきたTAXIと値段交渉をしてそのままバスターミナルに移動。今夜の“Sao Luis行き”のチケットを購入して荷物を預け、昼飯を食べるためにBelem(ベレン)の中心地へと向かった。

ベレンはいかにも港町らしく、町にひしめくたくさんのSHOPには豊富な商品が溢れかえっており、海辺の通り沿いには活気溢れる市場が開かれている。
その一角に日本人の夫婦が切り盛りする「コシーニャ屋」があり、その噂をカナイマで出会った旅人から聞いていた2人はあっちへこっちへと道に迷いながらもとにかくその2人のお店を目指していた。

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迷いながら歩く2人の額には玉のような汗が浮かんでいる。日差しの強さが半端じゃない。汗で身体がベトベトしてきて、お腹もすいているものだから、何だか妙に気持ちがササクレだってくるのが分かる。
途中、「もう他の店でもいいか…。」なんて諦めかけたりする時間帯を2人でなだめ合って何とかしのぎ、遂にその小さなお店を市場の表通りに発見したのであった。
さっそく“おススメ”だと言われていた“カニのコシーニャ”を注文する2人。これは解したカニが中に入ったコロッケのような一品なのだが、この簡単な見た目の料理が確かに美味い。最初は1個づつ注文したのだが、足りずに何度も追加注文。
ちなみにこのお店の親父さんはかなりのシャベリ好きで、こちらが日本人だと分かるとカウンターに座るのを見るなり機関銃のように自分の人生についての“身の上話”を始めた。
聞けば日本では某大学を卒業後に証券マンとして会社勤めをしていたようだが、30年前(今60歳であるらしいから、ちょうど今の2人と同じような年齢の時だろう)に仕事をやめてブラジルに渡り、そこでこの国の“風俗遊びの安さ”にいたく感動したらしい!?
持ち金をほとんどそっちの方で使い切りつつ、それと同時にアマゾンの大自然と向き合うWildな生活の魅力にもはまり、結局そのままここに居ついてしまったということである。
その後は日本人慰留地で農業に関わったりもしていたようだが、今の奥さんと出会ってこのお店をやるようになった(んだったかな、確か!?)という。そしてこれがまた、かなり儲かっている様子である。
この市場のスペースは、働いている人がみな“貧乏人”であると見なされているのか、とにかく場所代・電気代などが全て“無料”で貸してもらえるらしい。その上ご夫婦のお店はかなり大繁盛していて、1個1レアルのコシーニャが1日1000個は売れるらしいのだ。
聞けば、生活にもかなりの余裕がありそう…。どうもなかなかに上手く“ブラジル”を生きている人みたいだ。
長々と面白いお話を聞かせてもらいながら次々とコシーニャを平らげ、最後にはおじさんが育てているというドラゴンフルーツをお土産に頂いて、大満足でその場をあとにすることとなった。
その後は、再びバスターミナルまでの道程をノソノソと歩いて戻っていく事に。

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大通り沿いに緑豊かな公園があり、その付近には路上でアクセサリーを売る露店が並んでいる。こういう人たちはどこの国に行ってもたくさんいて、様々な商品を売り歩きながらその儲けで旅を続けているみたいだ。
しかし、実際これがどれほど儲かるものなのだろうか…。

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面白い商品を売っているのはほんの一握りで、ほとんどはオリジナリティーのない“つまらない”商品ばかりな気がするしなぁ。
そして、ここBELENの路上に店を出す彼らの姿は、何故か他の場所で見る以上に“路上生活者化”してしまっているように見えた。女性は小さな子供を抱えている人が多かったのもまた印象的である。それにしても、何故これほどにダラけた空気を醸し出しているのだろう。やはり、このジメジメとした“暑さ”が原因なのだろうか…。
ターミナルまでは思った以上に距離があって、途中2人もこの暑さにバテてしまって、クーラーの効いた「マクドナルド」の中へと避難。
コーラを1杯だけ注文して、しばらく休憩させてもらいました。
ブラジルのマックの制服は、何とジーパンのお尻の部分に「M」マークが入ったもの。上はグレー地にマックカラーのストライプが入ったポロシャツor T-shirtという姿で、何だかちょっとカワイイなと思った。スタイルのいい黒人の女の子なんかが着ていると、よりお洒落に見えます。そういえば日本のマックの制服はどんな形と色だったっけなぁ…。

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