11 October, 08

「From the “Huayna Pichu”。」

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Huayna Pichu(ワイナピチュ)への整理番号をもらった後は、そのままその列に並んで入口前で待機。そして、入口の扉が開いてからも1人1人に記帳作業が必要なため、実際に入山できたのは大分時間が経ってからのことであった。

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太陽が昇るにつれて、今日の天気の良さがいよいよ実感できるようになってきた。
熱い日差しがジリジリと肌を焦がしていくのが分かるくらいである。
ワイナピチュ登山の目安の必要時間としては、1時間という表記が入口のところに示されている。2人もその目安を目標にしながら、1歩づつを踏みしめるようにしてその山道を登って行くのだが、昨日までのトレッキングやプトゥクシ登山で身体(脚)が自然と鍛えられていたのか、足取りが思ったよりも随分と軽い。
もちろんそれなりに息はきれてくるのだが、考えていたよりも随分と楽に標高を上げていくことができるような気がする。
道の途中途中にもパッと景色が開けるところがあり、マチュピチュの遺跡が徐々に小さくなっていくのが分かる。
そのかわり、その周囲に見える山々の数は徐々に増えていっており、遺跡を見下ろす景色そのものよりも、遺跡とその周囲の自然との関係性が見えてくるのが面白くなってくる。
本当に、マチュピチュという都市は不思議な場所に建造されたものだ。
見晴らしの良い場所では、他のトレッカーたちとお互いの写真を撮りあいっこしたりして、自然とその中から会話が生まれてくるのも楽しい。
みな、この絶好の青空の下で、心が弾んでいるからかもしれない。
そして、30分もそんな風にピクニック気分で急な山道を登り続けていると、徐々にHuayna Pichu側の遺跡の片鱗が姿を現し始めるのである。
ここにもいくつもの古代建造物の跡が残っており、その1つ1つに登ってみたり、触ってみたりしながら、さらに上にそびえる山頂を目指して歩き続ける。
この辺りまで来ると、どこから見晴らしても“絶景”を楽しむことができるし、写真を撮る際には逆に何をどうフレームにおさめれば良いのか分からなくなってしまうくらいだ。

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360°、どこをみても素晴らしい風景。
それを最高に堪能できるのは、やはり山頂にある岩場の上からであるだろう。

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40~45分の登山の末に2人がその“岩場”へとたどり着いた時には、既に他の2人の日本人旅人たちが座りのよい岩を確保してくれていた。
「くれていた」…と書いたのは、彼らがその岩に2人を招待(!?)してくれたから。
お言葉に甘えてその岩の上に腰かけさせてもらうと、ますます高くなってきた太陽の日差しが一気に首筋や腕の辺りを焦がし始める。
その光の眩しさに目を細めながら、周囲の山々と眼下に小さく見えているマチュピチュ遺跡を一望にして、「ようやくここまでやってきたんだ…。」という、何ともいえない深い感慨が心の中に充満してきた。
3日間のトレイルの末にようやく辿り着いた場所でもあるが、やはり、旅を始めて以来、様々な国や地域で素晴らしい場所をみつつ、遂にこの「Machu Pichu」に辿りついたんだという、そんな気分である。

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長期の旅をしている旅人にとって、このMachu Pichuという場所は、1つの登竜門というか、避けては通れない場所になっている気がする。
ここに来るまではそれが「何を求めて」の事なのか、また、「どうしてここがそんなにも心に引っかかるのか」が分からないまま、とにかく目指してきた感じだったが、こうしてワイナピチュの頂上に立って山々に囲まれたマチュピチュの遺跡を目の前にしてみると、結局、来るべくしてこの地に来たんだという、これまたわけの分からない「納得」感が自然と心の中に湧いてくるのである。
結局、2人のこの旅路は、「何かを求める」ためのモノではなくて、「何を求めているのかを見つける」ためのモノであるのかもしれない。
最初には何もなかったとしても、旅を続けている中で感じられるものがある。
そういう気分を大切にして、また、見逃さないようにこれからも見つけていきたいなと思っています。

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