05 October, 10

「キズアト。」

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シリアとイスラエルの国境付近、ゴラン高原の谷間に佇む廃墟の都市「Quneitra(クネイトラ)」を訪れた。

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この町は第3次中東戦争の最終局面でイスラエルによって占領され、その後イスラエル軍が撤退するまでの間に、隅々まで激しく破壊されつくしてしまった…らしい。

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シリア政府は、現在までその廃墟をそのままの姿で保存しており、そのことによってイスラエル軍による非人道的な行為を非難し続けている。(イスラエル側は、シリア政府がプロパガンダのため故意にクネイトラを再建しない、と非難しているようだが…。)

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この町を観光客が訪れる為には、まず指定機関で事前に“許可”を得る事が必要で、それ(許可証)を持って町を訪れると、軍の案内人が内部のガイドをして廻ってくれる。

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逆にいえば、案内してくれる場所以外はゆっくり見る事は出来ないのだが、車の車窓から眺めているだけでも、その破壊の凄まじさは十分感じ取る事が出来るだろう。

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やけに真っ青に晴れ渡った空が、目の前の非現実的な風景を、より一層“非現実的”なものにしている気がする。

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公認のガイドさんは“病院”や“モスク”、“教会”など、大きくて派手な場所しか案内してくれないけれど、実際には普通の家や商店などのペチャンコに潰れた姿の方が、生々しい戦争の“キズアト”を、より分かりやすく見せてくれている気がする。

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2人は、「ここで車を停めて欲しい!」と、リクエストして、特に激しく潰れた建物跡を見せてもらったのですが…。

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どうしたら、鉄筋がこんな風にひしゃげてしまうのだろうか。

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たまたま見つけた、「J+ M」の文字。タダの落書きなんだろうけど、何だか気になって…。

コメント

ジョセフとマリア。ってところではないでしょうか。広島の原爆記念館を見るだけで、何かを確実に実感すると聞いたことがあります。それと同じような感覚かな。実感するってことには大きな意味があるね。重たいだろ。現実なんだ。平和はありがたい。

リトルボーイさんへ。

こういう場所に来れるのは、とりあえずの”平和”がそこにあるから、なわけで…。
こういう場所でいつも感じるのは、その、現在の人々の暮らしから流れる空気と、完全に壊されてしまった町の醸し出す“過去の空気”の間にあるどうしようもない「溝の深さ」。
その溝の深さの分だけ、何かを考えさせられるような気がしています。

本当に、平和はありがたい、ですね。

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